健康について(その2:健康についての考えの変遷)

WHOが健康の定義をしてから30年経た頃は、科学・技術の進歩が著しく、それに伴い医療技術も著しく進歩しました。抗生物質の発見、開発は感染症を激減させ平均寿命は飛躍的に延長しましたが、その恩恵は欧米を中心にした先進諸国が浴し、開発途上国にはその恩恵は及びませんでした。この現状をWHOは看過できず、1978年9月ソ連邦(当時)カザフ共和国の首都アルマ・アタにおいて、全世界のすべての人々の健康を保持し推進するため、1978年(昭和53年)9月に「アルマ・アタ宣言」がなされました。それは特に開発途上国の政府、保健関係者を中心に、全世界の地域住民に迅速な行動を求めたもので、その内容は「西暦2000年までにすべての人々に健康を」でした。

さらに8年後の1986年(昭和61年)11月、WHOは「オタワ宣言」を行いました。これは先進工業国を対象にしたもので、ヘルスプロモーションに関する国際会議が、カナダのオタワ市で開催され、ヘルスプロモーションに関する宣言と言われています。ヘルスプロモーションとは、人々は自らの健康をコントロールし、改善させるプロセスです。健康を目的とするのではなく資源として考え、その健康(資源)を最大限活用して生きてゆくことの意義を指し示しています。

一方世界の人口は増加し、特に人口が都市に集中し、都市の生活環境の激変で人々の健康が大きく影響されると考えられていました。主にヨーロッパを中心にWHOの健康都市プロジェクトを展開し、1998年(平成10年)には、アテネで健康都市国際会議が開催され、「2050年まですべての人々に健康をもたらす21世紀戦略(ヘルス21)」というスローガンが掲げられました。日本においても21世紀を見据えて「健康日本21」を宣言しています(次回に)。

このように健康の取り組みを振り返ってみると、健康とは何かというWHOの憲章に言う「健康」の定義から、「健康」をどのようにとらえるかという「健康観」に考えに移ってきているようです。すなわち「健康」であるか、「疾病」「異常」があるか無いかの議論から、「生きること」「よりよい生活を送ること」「満足した人生か」という考えに基づいた「生活モデル」としての「健康観」の求める(園田恭一の社会保健学)考えです。科学の進歩・発達により長生きが可能になってきましたが、ただ「長く生きながらえる」だけが、本人や社会にとって「幸福」なこととは限りません。すなわち「生活の質(Quality of Life;QOL)」が注目されています。WHOはQOLを「個人が生活する文化や価値観の中で、目標や期待、基準及び関心に関わる自分自身の人生の状況についての認識」と定義しています。「生活モデル」としての健康観、「QOL」としての健康観の下で考え、実践してゆく中で私たちは今、生きています。

(参考:桝本妙子「健康概念に関する一考察」)


顧問 石倉保彦

2011年11月05日 by staff