貧血とスポーツ

「顔色が白いね、貧血?」、「なんか体が怠いし、階段上ると息切れがするし、体の調子良くないんよ。―それ貧血と違う?」。このような会話を一度や二度交わしたことがあるでしょう。そう、貧血は日常よくある病気です。特に更年期前の女性では。

血液はご存じのように真っ赤な色です。その成分をつぶさに見てみると、細胞成分として、①赤血球及び血色素(ヘモグロビン)、②白血球、③血小板と④液体部分の血漿に分かれます。貧血は、全血液量が減少した状態とか、赤血球数や赤血球の中にある血色素(ヘモグロビン)の減少した状態をいいます。多い原因は、赤血球をつくる材料の不足(たんぱく質や鉄の不足)や出血(更年期前の女性の月経など)による血液の喪失があります。稀な原因としては赤血球をつくる骨髄の機能障害や、赤血球膜の脆弱による破壊(溶血)などがあります。臨床の場でいう貧血は、血色素(ヘモグロビン)が正常より少なくなっています。血色素の正常値は、男で1416g/㎗、女性で1214g/㎗です。貧血の多くは徐々に進んでゆきますので、自覚症状なく前述の訴えが出てくるときには、8g/㎗以下のこともあります。

赤血球の重要な働きの一つは、呼吸により体の取り入れた酸素を体の隅々の組織・細胞に運ぶという役割があります。具体的には赤血球の中の血色素が必要物資を運ぶトラックの働きをします。貧血は、言い直せば、酸素を運ぶ赤血球・血色素(トラック)の数が少ない、また形が小さい(小型車)ので、必要な酸素が運べないという状態になります。したがって、運動するときには多くの酸素が必要になりますので、貧血では運動能力は低下します。この貧血の原因は、血液(特に赤血球・血色素)の生成材料である鉄の不足(鉄欠乏性貧血)ですので、鉄を投与することで、解決いたします。鉄剤を服用する、または注射で(貧血が著明な場合)補います。それ以外の原因としては、蛋白質、ビタミンB12及び葉酸が必要です。体重を落とすために減食したり、バランスを崩した食事をすると貧血を起こします、特に運動をする人には食生活の配慮が必要です。

一部スポーツ貧血という名で言われる貧血があります。これは上述の鉄欠乏や、食生活が運動に伴っていないアンバランスである以外に、赤血球の破壊促進と思われる溶血があります。これは激しいスポーツ活動(溶血因子の増加)によるといわれています。また足底部への激しい衝撃を伴うスポーツでは、足底部の血管の中を流れる赤血球がその衝撃によって破壊される(溶血)ためといわれています。スポーツを楽しむ人は特に健康診断なども受けることをお勧めします。


顧問 石倉保彦

2012年05月25日 by staff

健康について(その3:日本における健康づくりの取り組み―「健康日本21」について)

日本における健康・体力づくりの施策に積極的に取り組んだのは、昭和39年の東京オリンピック終了後と言われています。昭和45年には保健所において、日常生活における正しい栄養・運動・休養の取り方の指導が始まり、昭和53年から第1次国民健康づくり対策(生涯を通じた予防・検診体制の整備、市町村保健センターの設置、健康づくりの啓発等)、昭和63年から第2次国民健康づくり対策(生活習慣の改善による疾病予防、健康増進等)、そして平成12年に第3次国民健康づくり対策として「21世紀における国民健康づくり運動」(健康日本21)が策定され現在に至っています。この健康日本21の基本理念は「すべての国民が健康で明るく元気に生活できる社会の実現のために、壮年死亡(早世)の減少、健康寿命の増進及び健康に関する生活の質の向上を目指し、一人ひとりが自己の選択に基づいて健康を増進する。そしてその個人の活動を社会全体で支援してゆくこと」とされています。

私達市民一人ひとりが健康であると思うのは、「日常生活を満足して送れる」、「働くことができる」、「食事がおいしい」などで、病気の有無だけが健康の指標ではありません。特にこころの健康は、自分の感情に気づいて表現できる「情緒的健康」、状況に応じて適切に考え、現実的な問題解決ができる「知的健康」、社会や他者と建設的でよい関係を築くことのできる「社会的健康」などが含まれ、「生活の質・QOL」と密接な関連を持っている。

そのためには、「早世」と「障害」の予防が大事です。65歳までに死ぬ早世は、10年前の統計では、男性15%あまり、女性は8%弱で、その大部分は45歳から64歳に集中しています。その原因の多くが、「がん」、「自殺」、「心疾患」、「脳血管疾患」などです。また、中年期以降の身体障害は、主に循環器疾患(脳卒中)や骨折・転倒によることが多く、これらの予防には生活習慣病対策として、若年期からの取り組みが必要であります。

生まれてから死ぬまでの生涯を次の6段階に分けられます。すなわち「幼年期」(育つ)、「少年期」(学ぶ)、「青年期」(巣立つ)、「壮年期」(働く)、「中年期」(熟す)、「高年期」(稔る)の6段階です。個人は各段階に応じた役割や課題を達成ながら次に段階に進み、前の段階が次の段階を生み出し支え、その段階の生き方によっては、次に段階の内容にも影響を与えます。壮中年期に多いがんや循環器疾患の予防には、幼年期、少年期における家庭での生活習慣や、青年期からの運動習慣や適切な食生活の確保が欠かせません。生涯を通した「健康づくり」は、その人の価値、生き方、健康観に基づいた「生涯づくり」とも言えます。

(参考:国民衛生の動向、厚生労働省・健康日本21(総論))


顧問 石倉保彦

2012年02月26日 by staff

健康について(その2:健康についての考えの変遷)

WHOが健康の定義をしてから30年経た頃は、科学・技術の進歩が著しく、それに伴い医療技術も著しく進歩しました。抗生物質の発見、開発は感染症を激減させ平均寿命は飛躍的に延長しましたが、その恩恵は欧米を中心にした先進諸国が浴し、開発途上国にはその恩恵は及びませんでした。この現状をWHOは看過できず、1978年9月ソ連邦(当時)カザフ共和国の首都アルマ・アタにおいて、全世界のすべての人々の健康を保持し推進するため、1978年(昭和53年)9月に「アルマ・アタ宣言」がなされました。それは特に開発途上国の政府、保健関係者を中心に、全世界の地域住民に迅速な行動を求めたもので、その内容は「西暦2000年までにすべての人々に健康を」でした。

さらに8年後の1986年(昭和61年)11月、WHOは「オタワ宣言」を行いました。これは先進工業国を対象にしたもので、ヘルスプロモーションに関する国際会議が、カナダのオタワ市で開催され、ヘルスプロモーションに関する宣言と言われています。ヘルスプロモーションとは、人々は自らの健康をコントロールし、改善させるプロセスです。健康を目的とするのではなく資源として考え、その健康(資源)を最大限活用して生きてゆくことの意義を指し示しています。

一方世界の人口は増加し、特に人口が都市に集中し、都市の生活環境の激変で人々の健康が大きく影響されると考えられていました。主にヨーロッパを中心にWHOの健康都市プロジェクトを展開し、1998年(平成10年)には、アテネで健康都市国際会議が開催され、「2050年まですべての人々に健康をもたらす21世紀戦略(ヘルス21)」というスローガンが掲げられました。日本においても21世紀を見据えて「健康日本21」を宣言しています(次回に)。

このように健康の取り組みを振り返ってみると、健康とは何かというWHOの憲章に言う「健康」の定義から、「健康」をどのようにとらえるかという「健康観」に考えに移ってきているようです。すなわち「健康」であるか、「疾病」「異常」があるか無いかの議論から、「生きること」「よりよい生活を送ること」「満足した人生か」という考えに基づいた「生活モデル」としての「健康観」の求める(園田恭一の社会保健学)考えです。科学の進歩・発達により長生きが可能になってきましたが、ただ「長く生きながらえる」だけが、本人や社会にとって「幸福」なこととは限りません。すなわち「生活の質(Quality of Life;QOL)」が注目されています。WHOはQOLを「個人が生活する文化や価値観の中で、目標や期待、基準及び関心に関わる自分自身の人生の状況についての認識」と定義しています。「生活モデル」としての健康観、「QOL」としての健康観の下で考え、実践してゆく中で私たちは今、生きています。

(参考:桝本妙子「健康概念に関する一考察」)


顧問 石倉保彦

2011年11月05日 by staff

健康について(その1)  顧問 石倉保彦

「健康」、私たちはこの言葉を常々、また無意識のままに使っています。健康のために、健康増進などなど。皆さん、生活習慣病や癌(がん)の方が私たちの周りに多くおられます。日本人の3人に1人(30%人口10万対273人)は癌で死亡しています。医療技術の進歩、生活レベルの改善等により、日本の平均寿命が世界一(女性)となったとはいえ、健康診断をすると高血圧、脂質異常症、糖尿病その他の慢性疾病を持っておられる方が多数おられます。そういう私たちは、仕事をし、運動をしつつ、日常生活を過ごしています。そこで「健康」の概念、考え方を今改めて考えてみたいと思います。

みなさんご存知のように、WHO(世界保健機関)では、1946年(昭和21年)に健康のことを次のように定義しています。「健康とは、身体的、精神的および社会的に完全に良い状態であり、単に疾病あるいは虚弱でないということだけではない

すなわち、健康とは、身体的と精神的と社会的にこの上なき最高の状態を意味しています。さらにWHO憲章前文には人種・宗教・政治的信条・経済的社会的条件の如何に関わらず、最高水準の健康を享受することは、すべての人の基本的人権の一つであると宣言しています。このWHOの定義以前の考えは、身体的な「病」のみが注目され、すなわち身体中心の「健康」が主流でありました。第二次大戦後世界が戦争の廃墟から立ち上がろうとするときに、身体の健康のみでなく、精神的、社会的な健康にまで言及した崇高な理念と指導性を持った「健康」の定義が高らかに宣言されました。しかしその後60余年の日本では、現実には身体的健康が主で、精神的・社会的な健全については、まだまだ不十分な印象を受けます。社会的不適応者の増加、自殺者の増加(年間3万人人口10万対24.4人)は、精神的アプローチの必要性を求めています。また身体障害を持った者や高齢者などの虚弱者や、知的障害、精神障害等の方々を、社会の一員として、受け入れる姿勢が求められています。このようにWHOの健康の定義と現実との間にはいくばくかの乖離がみられ、WHOの健康の定義以降、現実に即した形で「健康」の概念が、検討されてきました。次回より2回に分けてそれを振り返り、関係者のみならず、私たち一人一人が改めて「健康」を考えてみる機会になればと思います。


顧問 石倉保彦

2011年08月30日 by staff

Doctor’s Voiceへようこそ

このページでは専門家からのみなさんの健康に関するアドバイスをブログ形式で公開していきます
定期的に更新しますのでお楽しみに

2011年06月01日 by staff