今村可奈さん ~デフリンピック金メダリスト~

デフリンピックという世界大会をご存知でしょうか?
4年に一度開かれるオリンピック、その後開かれるパラリンピックをご存知の方は多いと思いますが、パラリンピックには、聴覚に障害を持つ者の参加は認められていません。
そこで行われるのが、聴覚障害者のための総合競技大会・デフリンピックです。

第1回目は、2005年デフリンピックメルボルン大会水泳競技400m自由形・800m自由形 2つの金メダルを獲得した今村可奈さんをご紹介します。

昭和63年5月29日生まれの23歳
長野小学校・長野中学校を卒業後、太成高校、甲南女子大学へと進学、卒業後現在は、大阪市内の会社に勤めるOLです。
今村さんは、生後半年で難聴であることがわかり、「健康のために、そしてなによりたくましく育ってほしい。」とのご両親の願いから、5歳で菊水スイミングスクールに通い水泳を始めました。
小学3年生のときには、すでに選手コースで泳ぐようになり、常に週5~6日は、泳いでいました。ひとつ決めていたことは、試合の翌日は、OFF ・ゆっくり休むこと。
選手になった初めの頃は1日3000m、菊水スイミングスクールの1番レベルの高いクラスにいた頃は1日6,000m、高校生の頃には、一番多いときで1日12,000mを泳いでいたそうです。気が遠くなるような距離ですが、その厳しい練習が、「彼女の今」を作っているのだと思います。
聴覚に障害を持つ彼女に対して、コーチは口を大きく開けて練習の指示をしてくれたそうです。また、一緒に泳ぐ仲間たちも、距離やタイムを指で示して教えてくれたそうです。
高校生のときには、強くて速い選手ばかりで、「自分も負けていられない。」そう思って頑張っていたそうで、そんなときが楽しかった。そう話す可奈さんにもやはり、つらい時期はあったそうです。甲南女子大学に進学後は、それまで菊水スイミングスクールで、太成高校で、一緒に励ましあった仲間と離れて寂しい思いをし、つらくなることもあったということですが、そんな時期も何とか乗り越え、「以前は、一緒に頑張る仲間がいたからつらい練習も乗り越えられた。でも今は、目標があるから頑張れる。」そう話してくれました。

初めて試合に出場したのは、10才、その後、多くの大会を経験した彼女だが、やはり、初めての世界は、プレッシャーも大きかったといいます。そんな中、200m自由形では、2位。400mと800mの自由形で優勝するという快挙!すごい!というほかありません。
その後も、2007年台湾で行われた世界大会でも、400mと800m自由形、200mバタフライ3種目で2位、400mメドレーリレーで3位、2回目の出場となった2009年デフリンピック台湾大会でも200mバタフライ3位、800m自由形3位、と数多くのメダルを獲得してきました。

そして、今年(2011年)8月のポルトガルで行われた世界大会でも200mバタフライ3位となり、現在すでに彼女は2013年デフリンピックギリシャ大会を目指して始動しています。今の目標は、2013年デフリンピックギリシャ大会で世界新を出してGoldをとること!!と話す可奈さん。まっすぐに夢に向かう彼女の強さは、厳しい練習に耐えてきたからこそのものでしょう。

「耳が聞こえないというのは孤独だ。」と話す可奈さん。それでも彼女は、水泳を通して仲間を見つけ、強くたくましく優しい女性に成長し、今も前に進み続けています。
それを支えたご両親・姉妹・仲間たちにも拍手を送りたい。

これからもますますの活躍を祈り、応援していきたいと思います。

 

2011年11月20日 by staff